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医療コラム

Doctor's Essay 【 研修医・医学生のためのキャリア形成 】

第十二回 違いを互いに認め合い尊重し合うこと

2009年10月31日

 

 前回(第十一回)は自然科学的な時間と人文科学的な時間とについて触れた。
 
 今月(2009年10月)21日足利事件(最決平成12年7月17日)の再審公判が宇都宮地方裁判所で開廷された(朝日新聞2009年10月21日)。本件は、DNA鑑定が問題となったものである。一般に、証拠能力の要件は、1.自然的関連性が有ること、2.法律的関連性が有ること、3.証拠禁止に当たらないこと、の3つである。さらに、自然的関連性が有ることの要件は、DNA鑑定においては、(1)原理が理論的正確性を有する、(2)技術を取得した者による、(3)適切な資料を用いて科学的に信頼された方法による、の3つである、と解されている。そして、最判平成12年7月17日の決定では「本件で証拠の一つとして採用されたいわゆるMCT118DNA型判定は、その科学的原理が理論的正確性を有し、具体的な実施の方法も、その技術を習得した者により、科学的に信頼される方法で行われたと認められる。したがって、右鑑定の証拠価値については、その後の証拠技術の発展により新たに解明された事項等も加味して慎重に検討されるべきであるが、なお、これを証拠として用いることが許されるとした原判断は相当である」と述べた。筆者はこの決定のこの部分については、今でも、妥当なのではないかと考えている。
 

 鳩山由紀夫第93代内閣総理大臣は東京大学工学部応用物理計数工学科卒業・スタンフォード大学大学院(Operations Research)修了(Ph.D.)であることから日本初の理系の内閣総理大臣と呼ばれ、また、菅直人副総理・国家戦略担当・内閣府特命担当大臣(経済財政政策・科学技術政策担当)は東京工業大学理学部応用物理学科卒業、平野博文内閣官房長官は中央大学理工学部電気工学科(現 電気電子情報通信工学科)卒業、であることから日本初の理系内閣と呼ばれているようである。

 但し、田中角榮第64代・第65代内閣総理大臣が中央工学校土木科卒業で一級建築士資格取得者であることから厳密には鳩山由紀夫氏を日本初の理系の内閣総理大臣というのは言い過ぎとも思われるし、また、他の多くの文系出身の国務大臣が居ることから副総理(内閣法第9条に記された、内閣総理大臣の臨時代理を行う、予め指定された国務大臣)と内閣官房長官との2人が理系出身だからといって理系内閣というのは言い過ぎとも思われる。

 

 鳩山政権発足の少し前から、巷間では、結婚活動(山田昌弘氏や白河桃子氏の言うところの、いわゆる「婚活」)がブームと成っているらしい。そして、婚活ブームの中で、たしかに理系の男性が注目されているようではある、しかし注目されている理由の主たるものは、(1)文系の補欠としての理系、あるいは、(2)女性が(文系の男性に対してよりも、理系の男性に対しては、相対的に)主導権を取り易いという視点からのようである。ただし、もちろん「理系クン」の著者である高世えり子氏のようにそもそも理系が好きという場合もある。(この点については、筆者が今回本稿で予定するところではないので、これ以上、詳細には触れない。)また、もっと以前には「男と女の進化論」(竹内久美子氏著)の中の「理科系男の歴史」の章では文科系男と理科系男とを「…生殖活動…繁殖…」における「タカ派」と「ハト派」とのゲーム理論に当てはめて述べていた。

 一方で、理科離れが問題とされて久しい。たしかに様々な調査を基にしてはいるようではあるが、しかし理科離れ(理科に近いことから理科に遠いことへの変化、と思われるが、何を持って近いあるいは遠いと判断するかが定義されていない以上、離れているか近づいているかを判断することが明確でないのは必然である)の定義が明確でない(理科に対する関心などのインプット的なものを指すのか、理科の成績や理科系を志望する人数などのアウトプット的なものを指すのか、あるいはその両方を指すのかさえも明確でない)状況で感覚的に論じられている。

 さらに、理科離れの原因(理科離れの定義が明確でない状況で、理科離れの原因について論じると、さらに明確でないのは必然である)について、(1)環境破壊などに伴い、自然に接する機会が減少した(しかし、大都市でも地方でも理科離れの傾向は同様であるらしいことから、理科離れに対する本要因の寄与度は低いと考えられる(但し、もし大都市と地方とが共に同程度の割合で環境破壊が進んでいれば、理科離れの傾向が大都市と地方とで同程度であるのかもしれないが、それは考え難い))、(2)子供の遊びの変化、すなわち、工作少年からテレビゲーム少年への変化(しかし、テレビゲーム少年がシステムエンジニアになる場合などもしばしば見られ、理科離れに対する本要因の寄与度は低いと考えられる)、(3)詰め込み教育を減らす目的のゆとり教育の結果、授業時間が減って、却って詰め込み教育に成ったため、観察や実験といった時間を要する理科から離れた(しかし、ゆとり教育が見直され授業時間数が増えても、理科離れは止まらないことから、理科離れに対する本要因の寄与度は低いと考えられる)、などが考えられたが、上記3つの要因については、既に各々について括弧内で述べたような反論が考えられ、たといこれら3つの要因を理科離れの原因と考えるとしても、その寄与度は低いと考えられる。

 そこで、理科離れの原因について、他の要因について考えると、(1)経済的要因、すなわち、松繁寿和氏の調査結果「入学時の偏差値がほぼ同じ理系学部1つと文系学部1つとで、過去約50年間に両学部を卒業した総ての人(理系約8,500人(回答約2200人)文系約6,500人(回答約1200人))に対して、その時点での年収を尋ね、22歳から60歳まで働くと仮定して推計したところ、理系は文系に比べて生涯賃金が5200万円低い(理系3億8400万円文系4億3600万円)」という金銭的な報酬の文理格差がある(理系の大学院進学率が文系の大学院進学率よりも高いことを考えると、22歳から働くという前提が異なり、文理格差はさらに大きくなるのではないか、と筆者は思う)。(2)異性獲得要因、すなわち、上述の竹内氏の著したような異性との関係(「生殖活動」や「繁殖」といえば余りに生々しいが)における文理格差が考えられる。なお、異性獲得については、ア.直接的な異性に対する魅力だけでなく、イ.経済的要因を介した間接的な魅力(金銭的な報酬の格差の結果、間接的に異性獲得に差が付くということ)も考えられる。なお、この(イ.の)ように考える根拠は、第6回21紀成年者縦断調査(国民の生活に関する継続調査)結果、年収について「男女ともに、『400~500万円未満』で『結婚した』の割合が最も高く、所得額が高くなるほど、結婚の割合が高くなる傾向がある。特に、男では、最も低い『100万円未満』で8.2%、最も高い『400~500万円未満』で20.6%と、12.4ポイントの差がある。」(厚生労働省大臣官房統計情報部社会統計課縦断調査室成年者調査係平成21年3月11日)である。

 金銭的な報酬の文理格差について、今野浩氏著「『理工系離れ』が経済力を奪う」の中で「文高理低」、「“回数券を余らせても卒業できる経済学部”」「“きけんで、きつくて、きたない理工系大学”…その先に待っているのは『3K1Y職場』。最後のYは安月給のYである」、「銀行勤めの経済学部出は、大都会のクリーンなオフィスで高給をエンジョイしている。」「工学部出は地方の工場勤務」、のみならず「『肉食動物』…『草食動物』」という表現をしている。つまり、収入においても、異性獲得(上記の竹内氏の例では、異性といっても、男性から女性の例である)においても、文系と理系とを、「タカ派(肉食)」「ハト派(鳩は雑食かもしれないが、ハト派は便宜上草食と看做す)」と考えると、理解し易い。

 理系離れが問題であるから子供達を理科好きにしようというニュースなどを、筆者が見ると、「文系は(自ら生産するのではなく理系が生産したものを)分配するが、理系は生産する、だから生産者を増やそうとしているだけではないか」と感じる。昔の子供達よりも、情報に接する機会の多い現在の子供達は、筆者と同じように、以下のように敏感に感じ取って、自分を守っているのではないだろうか。

 つまり、パイを大きくする係とパイを切り分けする係とがあって、パイを大きくする係は(大学院まで行って)食べるのは(パイを切り分けする係よりも)パイを食べるのは後になり、パイを大きくする係は3K職場で働き、パイを大きくする係が食べられるパイは(パイを切り分けする係が食べられるパイよりも)小さい、ならば、生産者というより、被搾取者ではないか、と。そして、被搾取者が多い方が有難いから、理系を増やそうとしているだけではないか、と。それに気付いてしまっているから、理系離れに成っているのではないだろうか。

 これに対して、上述の今野氏は「…銀行に勤める従弟…に…法事の席で…議論を吹っかけ」たところ「…『エンジニアは楽しい仕事をしているのだから、その分給料は少なくてもいいんじゃないか』…『つまらない仕事をやっている銀行マンは、給料ぐらい多くしてくれなきゃやっていられないさ』…」という返答に対して「…現場のエンジニアは…いやな仕事や面白くない仕事でもやらなくてはならない。一方…研究者は、自分の好きなことをやっているのだから、少しくらい給料が少なくても仕方がない」と述べ、文理の比較の話ではなく、理系内部の話で置き換えて納得していたようである。

 しかし、筆者は納得しない。筆者は、銀行員には成ったことはないが、文系の大学院でも学び、文系にも面白い部分がある、と思っている。また、理系の研究者の経験もある(この点については、読者諸兄諸姉も研修医を終えたならば経験する人も居ると思われる)が、決して自分の好きなことばかりが出来る訳ではない、と思っている。

 

 理系と文系において、どちらかが正しいのではない。さらに、理系と文系とにおいて、価値観が一致する必要もない。価値観が一致しない場合に、違いは違いとして互いに認め合い、尊重し合えることが大切である、と筆者は考えている。問題は、価値観が一致しない場合、一般には、上述したように、パイを切り分けする係である文系が、整理を行うことを当然視する点にある、と筆者は思う。たしかに、それ(整理を行うこと)は文系の仕事であるように一見思われる。また、たとえば法律上の争訟性が無いものは、訴えの利益が無いとして、民事訴訟の形で取り上げられることはないから、安全弁があるようにも一見思われる。しかし、法律上の争訟性があるか否かを決めるという時点で、既に文系の判断の俎上に乗っている。有名な例を挙げると、ガリレオは裁判で有罪になった。一方的にルールを決めて、そのルールで判断するのは、グローバルスタンダードという名の基にアメリカンスタンダードを押し付けたり、ノルディック複合で(日本が得意とした)ジャンプの配点を下げたり、したことを彷彿させる。「理系クン」の本の著者の高世えり子氏は、彼女自身が理系の彼氏を好きだから、理解しようとしているが、そうでない場合でも、互いに尊重しあうことは出来ないものだろうか。

 

 足利事件について、第1審で「325通りという著しい多型性を示MCT118型が一致したという事実が一つの重要な間接事実となる…」という「著しい」という“評価”を指し示す修飾語は危険である、と筆者は思う。さらに「325通り」を持ち出すことは、科学リテラシー(第7回で述べた医学リテラシーよりも広い意味)を欠いていると筆者は思う。卑近な例を挙げると、現在ではほとんどの人が、ABO式血液型には4通りあり、また4通りあるからといって25%ずつではないことを知っていて(大雑多に言えば、AB型10%, B型20%, O型30%, A型40%)、さらにABO式血液型が一致するから犯人とは断定しないはずである。MCT118型が325通りあるから、単純に1/325と考えることは、ABO式血液型が4通り有るから25%ずつというが如きである(MCT118型の例としては、24-30型6.2%, 35-35型0.000081%)。もしMCT118型が一致したと言っても、24-30型で一致していたのならば、ABO式血液型がAB型で一致していた場合に近い程度の類似性に過ぎない(そして、ABO式血液型がAB型で一致するからといって犯人とは断定しないはずである)。MCT118型の型別の比率を知っているか否かは医学リテラシーの問題であろうが、1/325を使うべきでないことを分かるのは科学リテラシーの問題である。これではまるで「降水確率50%だとぉ~。雨か晴か二つに一つなんだから、50%に決まってら~。」と言うようなものである。

 また、本件(足利事件)のように「1,000人に1.2人の確率で一致」という結果ならば、そのまま「1,000人に1.2人の確率で一致」と受け取れば良いのであって、「著しく多」い(つまり、一致の確率が低い)と“評価” してしまうと、間違いを招き易い。そのまま1,000人に1.2人と考えておくと、例えば通勤電車1本の中に自分と同じ型を示す他人が居ても不思議ではない、と思える。

 「科学に頼りすぎた結果の冤罪」と或る評論家が言ったが、筆者は、「科学に頼りすぎた」のではなく、科学リテラシーに欠けていたために、結果の読み方が分からなかった、のではないか、と思う。

 新聞が社説で「…DNA鑑定など科学鑑定に『絶対』はあり得ないことも忘れてはなるまい。事件現場の保存状況によっては肝心の検体を十分に採取できない可能性がある。科学鑑定に基づいた捜査であっても常に慎重を期すべきだ。裁判員も鑑定結果を疑ってみる必要がある。…」(京都新聞2009年6月5日付)と記しているのを見ると、筆者は、理系の鑑定者ならば、「検体を十分に採取できない」場合は、「検体を十分に採取できな」かったから「鑑定できない」などと答えるはずである、と思う。また、「科学鑑定に『絶対』はあり得ない」という安直な決まり文句に対しては、「絶対」という単語の重みが、理系と文系とでは異なるのではないか、と思う。例えば、B氏殺害容疑で逮捕されたA氏が「UFOが飛んできて、宇宙人XがB氏を殺害して、再びUFOに乗って飛び去った」と言うのを理系の人が聞いたならば、文系の人と同じく「それは絶対にあり得ない」と答えるだろうが、その根拠は、UFOという単語を使う限りは未確認であるはずなのに、A氏が確認したのだから未確認という語を使うのは不適切だから有り得ない、という理由に過ぎないだろう(理系の感覚からは、宇宙人XがA氏を殺害した可能性が「絶対にあり得ないですか?」と尋ねられたら「可能性について『絶対』にと尋ねられたら『有る』としか答えようがない」と返答するだろう)。さらに、「鑑定結果を疑ってみる必要」という以前に、「鑑定結果」の読み方が分かる「必要」(科学リテラシーを持つこと)がある、と思う。

 

 理系離れの結果、個人の問題として、科学リテラシーを欠く結果、似非科学の悪徳商法に騙されることを筆者は憂慮する。さらに、理系離れの結果、社会の問題として、上述したような、ルールを決めて、整理を行い、社会の上層部を構成する「タカ派(肉食)」の文系が、あまりに科学リテラシーを欠くのは、社会全体を誤った方向に誘導するのではないだろうか、と筆者は危惧する。

 今回の鳩山政権は理系と呼ばれているが、どうなるだろうか。

 

コラム著者: 久 智行 (ひさ ともゆき)
久智行(医師・博士(医学)・法務博士(専門職))

医師・博士(医学)・法務博士(専門職)・皮膚科専門医

経歴:
1965年大阪府泉佐野市生まれ
ルイジアナ州立大学、米国陸軍Detrick要塞内先端バイオサイエンス実験室、米国国立衛生院国立がん研究所を経て帰国。
Lancet, Nature, EMBOなどに論文発表
日本比較生活文化学会優秀論文賞受賞、NCI on the spot award 受賞
Ecpeptional ability を有する者として米国永住権授与
東京大学特任講師、東京高等裁判所専門委員などを歴任

著書:
・Valuing Intellectual Property in Japan, Britain and the United States(Routledge, Andover, Hants, UK, 2004)
・Le Cancer en Afrique: De l'epidemiologie aux applications et perspectives de la recherche biomedicale(National Cancer Institute, Paris, France, 2006)
・ITから子どもの脳を守る ― 人間脳を育てる(コスモヒルズ, 東京, 2006)
・皮膚科診療カラーアトラス大系(講談社, 東京, 2008)

 

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