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医療コラム

【 研修医・医学生に知って欲しい医療の進歩と話題 】

新薬開発の隠れ技(情報の使い方)

2009年12月11日

 

1.はじめに

 産業別研究開発費率(2003年度)を見ると、医薬品業界の研究開発費率は、他の主要産業に比べ、かなり水準が高い。全産業の産業開発費率が2.98%で、製造業は3.71%で、その内訳として、

 ・医薬品:8.43%

 ・自動車:4.63%

 ・電機 :5.05%

 ・精密  :6.26%

である。世界に冠たるトヨタ、ホンダの自動車産業より、医薬品業界の研究開発費率は高い。

ホンダの研究開発費率は売上高の5.41%である。製薬企業のうち後発品大手メーカーである、東和薬品、沢井製薬は8~10%にのぼる(※1)。先発品メーカーの武田薬品は、後発品大手メーカーより研究開発費率は高い(2007年度)。

 ・売上高   :1兆3,748億円

 ・研究開発費 :  2,758億円

 ・研究開発費率:  20.06%

 

 製薬企業売り上げランキング(日本市場)において株式一部上場のベスト10は、総て先発薬品を開発する会社である。1位の武田薬品を筆頭に、どの会社も遜色のない研究開発費率である。

 

 世界の製薬企業ランキング1位であるファイザーの研究開発費率は16.64%で、我が国の製薬企業と変わらないが、研究開発に投入する金額は、80億ドル(1ドル:100円としても、8,000億円)で(※2)、我が国トップである武田薬品の売上高と比べ膨大な金額である。

これらから判るように、製薬企業の研究開発費率は極めて高いのである。

 

 

2.新薬を作るには、巨額の費用以外に、長い時間軸の検討が強いられる

 新薬開発には、巨額な金額が必要であることみならず、新薬として上市(市販)するまでに、9年から17年を要するのも業界の特徴である(※3)。

 

第1期:2~3年  新規物質の創製

          候補物質の選択(スクリーニング)

          物理化学的性状の研究

 

第2期:3~5年  一般毒性研究

          薬物動態研究

          一般薬理研究

          薬効薬理研究

          特殊毒性研究

 

第3期:3~7年  臨床試験

              第一相(フェーズI)試験

              第二相(フェーズII)試験

              第三相(フェーズIII)試験

 

第4期:1~2年  審査

          承認申請

          承認

          販売

 

 世相の動き(変化)が、早くなり、科学の進歩も早くなった今日においてすら、この検討期間は遵守されている。これらには市販を意図する薬剤毎、それぞれの課題があり、それらを克服する科学的な創意・工夫が要求される。

このように、新薬を上市するには、巨額の費用と、長期の検討が、要求されるのである。

 

 

3.新薬の開発での分担

 前出の巨額の研究開発費用、あるいは9年~17年を要する研究開発の時間軸は、考えようによっては、うまく使い分けすることができる。

 

 新薬として上市される医薬品は、自動車で例えるならば、ハイブリッド車の実現、電気製品では、液晶テレビや、プラズマディスプレイ等の開発と同格に並べてもおかしくない画期的な発明と考えてよい。

モータを使い分けて、電気掃除機や洗濯機となると考える程甘くは無い。デザインが、マーケティング意欲を掻き立てるような製品でもない。薬効は、間違いなく、それが標的としている効果を発揮しなければならない。

有機化合物であれば、数千から、一万に達する化合物を、人体の中で作用することを推定することから始まる。それを合成し、そこから一つがやっと選ばれる。今後、成長が期待される、抗体医薬、核酸医薬などでも同様である(※4)。

 

 

4.研究所が得たNegative Dataや特許財産の価値

 研究に投資した費用の大半は、試行錯誤で消滅する。臨床検討へと到達した1/10,000の化合物も、それ以降の検討で消滅することは少なくない。

無論、新製品へと到達しない場合でも、これらのデータは、Negative Dataとして管理され、再利用に応じられるようになっている。

さらに、これらの研究から、新薬開発にまでは至らなくとも、多くの特許が取得され、研究戦略上の貴重なノウハウとして生かされることになる。

特許は、それ自体を、他社の懇請により有償で譲渡したり、譲渡と共にこちらが欲しい特許との交換などに用いるケースが最近では増えてきたようである。

 

 

5.特許の隠れた価値

 特許の価値を、目下世界で最も売上高の高い薬剤であるスタチン系の高脂血症治療薬で広く知られているリピトール(アトルバスタチン:ファイザー)を持って簡単に紹介する。

リピトールが、スタチン系の薬剤の中で最も良く売れていることの詳細は他誌を参照(※5)されたい。

 

 リピトールのグローバルな売り上げは129億ドル(100円換算で、1兆2900億円)である(※6)。

既に市販されているスタチン系薬剤は、10指に達するが、それらの元祖とも言うべきメバロチン(プラバスタチン:三共)は、売上高608億円で、1989年に日本で発売しそれ以来、世界100か国以上で売られている(※7)。

リピトールは売り上げにおいて圧倒しているが、メバロチンがもし存在しなかったら、リピトールは果たして開発されていたであろうか。

無論、リピトールは速効性と、持続性で、元祖のメバロチンを凌駕していることは周知であり、これが売り上げの差となっていることは自明である。

しかし、製薬会社で医薬品開発を経験した者から見れば、それだけで素直にリピトールを賞賛はできないのである。むしろ、何かわだかまりが残る。

 

 薬剤には、先発薬と、特許の有効期限切れから上市できる後発薬がある。そして、それ以外に、先発薬の中にも、製薬会社の研究者間で差別化が伝えられている。それは「ピカ新」、「ナミ新」、「ゾロ新」と呼ばれている差別化である。研究所以外ではあまり話題にならないが、研究経験が有る者の間では、厳然とした等級分けを行った呼称である(※2)。

 

 化学構造が薬効上で全く新しい場合、研究者は、そのユニークなことを評価して「ピカ新」という範疇に入れて敬意を表する。

メバロチンはこれまでの高脂血症治療薬に無い構造と、卓越した薬効を、その構造(化学構造/生物活性相関)から具備していることから「ピカ新」と呼ばれる。

対して、化学構造の一部を別の構造で修飾した化合物が、「ピカ新」の上市の後すぐに市場に出てくる。この薬剤が「ナミ新」である。

そもそも、スタチン系化合物は、三共のメバロチンを指している。よって、メバロチンは、唯一無二の「ピカ新」の薬剤である。

「ナミ新」と呼ばれる薬剤には、世界で最も多く売られているアトルバスタチン(リピトール)以外に、フルバスタチン(ローコールとレスコール)、ロバスタチン(アルトコールとメバコール)と数多く開発されている(以下省略)。

 

 換言すれば、製薬会社の研究は、ある薬効において、ユニークな構造を有する化合物の探求と、これに遅れれば、次は、熾烈な「ナミ新」の開発競争を行う場に置かれると言っても過言ではないだろう。

 

 「ピカ新」が上市されると、1年以内に早いものは、「ナミ新」として上市される。

医薬品開発に要する時間軸は、極めて長いにも拘らず、こうして上市されてくる「ナミ新」は、「ピカ新」の研究途上に見つかり、その研究を拡大するとほぼ時を同じくして、他社が「ナミ新」開発へと着手するのである。

如何に早く、他者の動きを察知できるかに懸かっていることが判るであろう。

なお、「ゾロ新」は、それ自体は、「ナミ新」と変わらないが、「ナミ新」よりも、かなり遅れて上市されてくる薬剤である。

 

 特許情報は、文献情報と共に、いち早くユニークな薬剤であることを見抜き、そして見抜ける内容を包含した情報源なのである。

 

6.おわりに

 医薬品の研究開発は、費用の膨大さに留まらず、開発着手から上市までの時間軸が極めて長期間を要する。総ての動きが、日進月歩の時代にあって、この時間軸は、他の動きに比べると奇異に見えるぐらいである。

この時間軸を過去にさかのぼって見ると、中国、インドなどの、いわゆるBRICsは、まだ話題にすらなかった。

 

 医薬品として上市されるには、長期間の臨床治験の積み重ねが必要であるが、ピカ新が上市されると、間もなくナミ新が上市されてくる情報合戦の凄まじさを認識する必要があり、それらを克服した後に、ファイザーのリピトールから判るように、莫大な売り上げがもたらされるのである。

 

 

引用文献

※1 図解でスッキリ!医薬品業界知りたいことがスグわかる!!―外資vs.日本、異業種参入、激変する流通のことが一目で見てとれる本 大滝俊一 2005(74‐80)

 

※2 業界情報 製薬企業の動向 大手国内企業 売り上げランキング・研究開発費 - 医薬専門転職紹介 メディサーチ http://www.medisearch.co.jp/doukou_kakukaihatuhi.htm

 

※3 「分子イメージング研究の動向」 PETと新薬創製 3.サル類を用いた前臨床研究の展望 大林茂 放射線科学 Vol.50 No.12 2007(12‐15)

 

※4 プロたちが語る「医療ビジネス」医薬品産業日本の競争力 木村廣道 2008(87‐92)

 

※5 新薬誕生―100万分の1に挑む科学者たち ロバート・L.シュック 小林力 2008

 

※6 世界の処方薬売り上げトップ10と今後期待の新薬 WIRED VISION http://wiredvision.jp/archives/200603/2006033105.html

 

※7 かんたんIR講座<株主・投資家向け情報> 第一三共 http://www.daiichisankyo.co.jp/ir/lecture/02.html

 

コラム著者: 鈴木 重量(すずき しげかず)
鈴木 重量(株式会社エーアイビジネス 代表取締役)

株式会社エーアイビジネス 代表取締役

 経歴:

・1957年:大阪市立都島工業高校工業化学科卒。
・1957年:武田薬品 中央研究所へ入社。
・1963年:農薬用殺菌剤セルタを開発、プロジェクトとして社長表彰を受ける。
・1970年:我が国最初のWORD MACHINEを用いたTEXT DATABASEの検索システム(Auto-Code)を開発。
・1973年:我が国で最初のExcerpta Medica(EMBASE)を導入。
・1979年:計量文献学を開発し日本科学技術情報センター(現在の科学技術振興機構 文献情報事業本部)より丹羽賞を受賞。
・1983年:合成セファロスポリン「パンスポリン他」の開発でプロジェクトとして社長表彰を受ける
・1985年:日本科学技術情報センター大阪支所より地域活動貢献により受賞。
・1987年:全社的文献情報検索システムを構築しプロジェクトとして社長賞を受ける。
・1989年:武田薬品を円満退社。

    同年:(株)エーアイビジネスを設立。

 (論文発表は多数有り省略)

 

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