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ママドクターインタビュー Vol.2

ママドクターインタビュー Vol.2

多くの人に支えられた綱渡りのような生活

 1人目のお子さんを保育園に預けていた当時、先生も旦那さんも帰りが遅く、保育園に迎えに行くことができなかったそうです。また、先生ご一家のお住まいは東京でしたが、旦那さんのご両親は遠方。先生のお母さんは学生時代に他界され、お父さんも埼玉在住で常勤と、親類の助けは得にくい状況だったため、基本的に保育園とベビーシッターさんによる二重保育をしていたそうです。

「私が帰れるのが21時頃で、大学院生の夫の帰りは夜中の1時や2時でしたので、ベビーシッターさんにお願いして、保育園へ迎えに行ってもらって、私が帰るまで面倒を見てもらっていました。ベビーシッターさんは、数人の方に曜日ごとに来ていただいたんですが、ありがたいことに今でも可愛がってもらっていて、交流が続いています」

 ただ、カンファレンスなどで帰りが23時頃になることもあり、そんなときはお父さんが協力してくれたそうです。

「私の帰りがさらに遅い日などは、父が仕事が終わったあとに来てくれて、ベビーシッターさんから引き継いでもらっていました。私が帰るまでいてくれて、終電で帰っていたと思います。夫の両親も、ふだんは遠方なので来られませんが、4人の出産のときはいつも、産休中ずっと上京して泊まり込みで面倒を見てくれたんです」

 また、先生が当直の日は当然帰ることができず、翌日も勤務しなければならないため、旦那さんが朝、保育園へ送りに行っていたそうです。このような生活は、レジデント終了後、大学病院での勤務時代まで続くことになります。その当時のことを「綱渡りのようでした」と表現する矢代先生。育児経験を通して実感したことに「人の手がなければ子どもは育たない」ということや、保育園のありがたさがあるそうです。

「たとえば食育がとても重視されていて、四季折々の行事食があり、メニューもきめ細やかで、『こんなにバリエーションがあるご飯は、自分で育ててもできないだろう』と思います。離乳食も、保育園でのペースを真似ながら、いつの間にか終わっていたという感じです。保育士さん、栄養士さん、調理師さんなどの方々の社会的な恩恵を受けて、子どもが育ったという気持ちでいっぱいです。下の子たちのときも同様で、ありがたかったですね。また、子育ての悩みなども、保育士の方々やベビーシッターさんがいろいろ聞いてくださったり、アドバイスをしていただいたりして。ベビーシッターさんも、ご自身の子育てを終えた方やベテランの方達でしたので、安心して任せられました」

 先生ご夫婦を中心に、いろんな方の助けがあって、お子さんがすくすくと成長されたんですね。その後、先生は2000年に大学病院から現在の職場へ転職することになります。