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医療コラム

【 研修医・医学生に知って欲しい医療の進歩と話題 】

医師誘発需要は重視すべきことだったのか

2008年05月09日

 

1.はじめに
 「医師誘発需要とは、医師が自らの所得に強い関心を持ち、その裁量を利用して患者に不必要な医療サービスを提供し、結果として医療費高騰の一因となっているとする行動仮説である(原文をそのまま転記)」(※1)。

 

 アメリカにおいて医師/人口比率(医師密度)と医師サービス価格(フィー)との間に正の相関という実証結果として、しばしば見出され、この正の相関を理論的に説明しうる仮説として「医師誘発需要モデル(=Physician-induced demand model:PID)」及び「医師誘発需要仮説(Supplier Induced Demand:SID)」が提示された(※2、※3)。

 

 具体的に医療サービス(加療)における消費者(患者)と供給者(医師)の関係で見ると、患者は一般に無知で医療需要決定に必要な技術的知識に欠けている。よって意思決定の権限を医師に委譲し、医師が患者に代わって医療需要を決定するという関係にある。
医師が患者の利益だけを考え医療需要を行うなら、その代理関係は完全である。医師が完全なエイジェント(代理人)として行動する時、医師は患者の予算制約のもとで患者の効用関数を極大するように医療サービスの需要量を決定する。

 

 経済的バランスシートを医学に押し当てて考えているので、分かりにくいが、要するに医師は患者の疾病の治療に当たり、患者の経済的な面までも考慮して最善の医療を尽くすことを指すと理解すればよい。この場合、若し患者が医師と同等に加療を知っているならば、患者が進んで払う需要量を超えた需要が誘発需要である。しかし、医師が医療需要に影響を及ぼすことによって、患者の需要曲線の上方へのシフトが生じるのであれば、それはある意味で消費者、即ち患者主義の欠如を意味することになる(※2)。
 
2.医師誘発需要仮説の検討
2-1 病床と医療のバランス
 厚生白書によれば病床数と医療費の相関係数が高いことを挙げている。病床数の増加が医療費(つまり医療ニーズ)を増加させたのか、医療ニーズが多いから病床数が増加したのかを判断することは困難である。白書では後者を重視しており、1995年当時ではあるが、病床規制について三点を列挙している。第一に、病床不足地域が増床、病床過剰地域が減床、必要病床数の算定後に過剰・不足が逆転、の3パターンがほぼ同じ割合であること。第二に、必要病床数と既存病床数の乖離の約8割は必要病床数の変動で説明可能なこと。第三に、既存病床数の増加圧力が削減圧力を上回っていること。また、病床過剰地域での病院の新規参入において、ヒアリングべースながら1床当たり17百万~20百万円での売買事例や、土地・建物を除いた純粋な「暖簾代」として1床当たり325万円程度としている。
これら列挙した事柄について詳細な計量経済学の手法を用いた結果、医師所得の低下が誘発需要を生み出すという医師誘発需要仮説は支持されず、たとえ支持されてもその影響は極めて小さいとしている(※3)

 

2-2 医療機器設置台数における地域間格差の要因分析
 県別の医療需要の差を示す「ケースミックス・インデックス(CMI)」として1件当たり平均診療報酬点数(入院・外来別、19種類の疾病)をウエイトとして患者数にかけ、県別の人口で割ったものを作成した。
医療機器の10万人当たりの設置台数の地域間格差を、CMIの主成分分析で得られた因子を要因として回帰分析すると、CTスキャンやエコーでは、地域格差を70%から80%程度説明できた。このことはCMI(医療需要を示す)の違いにより、医療機器の設置台数に地域格差が説明できることを示唆している。これは、規制の制限のない医療機器については、医療需要に応じた資源配分が行われているとも考えられる。但し、医療機器を設置したため、関連する疾病での受診が増加した可能性を排除できないため、依然としてCMIが医療供給側の影響を受けている可能性がある(※4)。
 
3.医師誘発需要効果の存在に関する更なる検討(※4)
 1960年代に既に、Roemer氏が人口当たり病床数が多い地域では患者数当たり入院日数が長くなることをデータから観察し、これをRoemer効果と称している。しかし、病床数の増加が医療費(つまり医療ニーズ)を増加させたのか、医療ニーズが多いから病床数が増加したのかを判断することは困難であるとも言っている。
 前出の章で厚生労働省は白書で後者を重視していた。しかし病床が増加しても入院患者が増加しなければ医療費は増加しない。或いは入院患者が入らない場合に増床した医療機関が他の医療サービスを増加させて収益を確保しようとしなければ、医療費に影響は出ない。従って「病床が医療費を増加させる」と言う見解には、その根拠として、医師が自分に有利なように医療サービスを供給する行動をとるという医師誘発需要仮説(SID)がかなりの程度(政策的に防止する必要があるほどの大きさ)で起きているとの前提がある。

 

 SIDは医療現場の実感と符合しており広く支持されているが、医療経済学ではSIDが規制によって防止すべきほど大きな問題であるかについては充分に実証されていない。

 

 さらにSIDは医師の行動以外の要因で生じるとの主張もなされている。
それらを以下に列挙する。
・医療供給者の密度が高い方が、受診に掛かる時間費用を節減させる。
・医療供給者の密度が高い方が、よりよい品質の医療サービスを提供している。
・医療供給者の密度が高い方が、より専門化が進み、料金が高くなる。
 
4.米国の資本投資規制に関する分析(※4)
 米国でも病床規制(資本投資規制 Certificate‐of‐Needs:CON)が行われていた(同時に医療機器の規制も行われている)。しかし現在では既にCONは実効性を失っているとされている。これは新たな支払いとしてDRG(Diagnosis Related Group)/PPS(Prospective Payment System)がメディケアに導入されたため、平均在院期間の大幅な短縮が行われ、病床の新設の必要が殆ど無くなったためと考えられている。さらにCONの効果に関する実証研究は様々に試みられている。その多くは、「CONは医療支出に大きな影響を及ぼさなかった」と言うものである。
 
5.医療での複雑性(※5)
 平成14年の医療制度改革の改正で、患者・保険者・医師が同等に負担を背負う「三方一両損」となった。
 診療報酬改定では薬剤や医療材料価格が-1.4%、それを除く診療報酬本体が-1.3%の合計-2.7%の引き下げとなったが、日本医師会が改定直後の平成14年7月に実施した緊急レセプト調査では、医療費は診療報酬改定率の2.7%を越えて4%近く低下しており、医療機関経営への影響が甚大であったと結論付けている。
しかしながら、この診療報酬引き下げが最終的に有効に機能し、持続的に医療費の抑制を行ったのかどうかについては、疑問視されている。多くの先行研究が検証してきたように、もし医師誘発需要が存在するならば、医療機関は診療報酬引き下げに対し、それを相殺するような可能性があるからである。

 

 マクロデータを用いた分析では、同時期に行われた患者側の自己負担増の影響などが含まれてしまい識別不可能であるため、診療報酬改定の純粋な効果を見ることは難しく、現在までその評価が行われていない。
 また医師密度の高い地域で、需要曲線が一定であれば医師の収入が減少する。よって医療費が誘発されるかどうかを検証する試みが行われたがクロスセクションデータを用いた分析の結果、もともと医療費が高く、高い収入が期待できる地域に医師が多く集まるという逆の因果関係も存在してしまうために、医師密度が内生変数となり、医師誘発需要が検証されやすくなるという問題がある。
同じような傾向が、出生率が低下すると産婦人科医が出産を誘発するという奇妙な結果が出ていて、この問題は内生問題が解決されないことを示した。
 
6.おわりに
 医師誘発需要、或いは医師誘発需要仮説は既に海外で、かなり以前から先行研究が行われていたが、それらに医療経済学や統計学が入り組み、些か難解なテーマとなり、その成否は不明確な歯切れの悪いものとなっている。また学問として現実と乖離して進めるとそれなりの成果を得ることができるが、現実的に想定した方が簡単な場合や、政策としては必ずしも成功しないことが起こっている。

 

 病床の減少化対策は、以前に行われ、日帰り手術などそれなりの医療が今日では常識化している。しかし一方で、救急病院での受け入れ拒否の一つの理由となっている。無論、医師の減少化が最も要因として大きいが、これも、かつて、医師過剰時代と称し、医師減らしを行ったことがあったように記憶をしている。
 我々は今起こっている問題を他人に責任を押し付ける癖が身についてしまっているが、これらの失政(言い過ぎの嫌いがある)には、当時の我々が関与していることを記憶しておく必要があり、それに気が付いた時には、他人事で済まさず、我が身もその渦中に飛び込んで解決に一助をする必要がある時代が再来したのではあるまいか。また、徒に難しい学問展開をせずとも、もっと自然に解決する糸口を求める謙虚さも必要となっていると考える。

 

 前出の産婦人科医が出産を誘発する問題は、出産に費用のかからない自然分娩よりも帝王切開をして分娩させることによる誘発需要が考えられ、その文献の末尾にはそれを明記している。医師誘発需要があるか無いかは、主観的見解にも負うことが大であり、そのような難しいことで、且つ曖昧な内容にメスを入れることも必要であろうが、医師の裁量的診療行為が医師所得(医療費)の増加と直接に結びつかないDRG/PPSの導入が医師誘発の決定的な解決策となるのではないだろうか。

 

引用文献
※1,医師需給と医学教育に関する研究報告書 第5部:需給をめぐる諸課題A.供給者誘導需要
    澤野孝一郎 平成16年度 厚生労働科学特別研究「医師需給と医学教育に関する研究」報告書 2005(277-307)


※2,医師誘発需要モデルの検討 ‐効用極大化アプローチの問題点について
    山崎嘉之 川崎医学会誌 一般教養編(1-20)


※3,医療計画の実施及びその評価に関する研究 分担研究課題 5.病床規制の経済学的視点からの評価
    河口洋行 経済産業省「医療問題研究会報告書」 医療計画の実施及びその評価に関する研究
    平成15年度 総括・分担研究報告書(100-114)


※4,5.病床規制の経済学的視点からの評価 河口洋行 経済産業省「医療問題研究会報告書」
    医療計画の実施及びその評価に関する研究
    平成15-17年度 総合総括・分担研究報告書(103-118)


※5,「生活習慣と健康、医療消費に関するミクロ計量分析」(分担)研究報告書
    平成14年度診療報酬マイナス改定は機能したのか?
   :整形外科レセプトデータを利用した医師誘発需要の検証‐ 鈴木亘 生活習慣と健康、医療消費に関するミクロ計量分析
   平成16年度 総括・分担研究費報告書

 


 

 

コラム著者: 鈴木 重量(すずき しげかず)
鈴木 重量(株式会社エーアイビジネス 代表取締役)

株式会社エーアイビジネス 代表取締役

 経歴:

・1957年:大阪市立都島工業高校工業化学科卒。
・1957年:武田薬品 中央研究所へ入社。
・1963年:農薬用殺菌剤セルタを開発、プロジェクトとして社長表彰を受ける。
・1970年:我が国最初のWORD MACHINEを用いたTEXT DATABASEの検索システム(Auto-Code)を開発。
・1973年:我が国で最初のExcerpta Medica(EMBASE)を導入。
・1979年:計量文献学を開発し日本科学技術情報センター(現在の科学技術振興機構 文献情報事業本部)より丹羽賞を受賞。
・1983年:合成セファロスポリン「パンスポリン他」の開発でプロジェクトとして社長表彰を受ける
・1985年:日本科学技術情報センター大阪支所より地域活動貢献により受賞。
・1987年:全社的文献情報検索システムを構築しプロジェクトとして社長賞を受ける。
・1989年:武田薬品を円満退社。

    同年:(株)エーアイビジネスを設立。

 (論文発表は多数有り省略)

 

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